第4話:スワッピングの待ち合わせ
スワッピング決行の日までの数日間、ワタシの心は乱れ放しだった。
間違いなら、いいのだが。
もし、相手がリカでなかったら、急に生理になったことにすればいい。そのときは、お詫びに、相手のご主人をフェラしてあげよう。
相手がリカでなかったら、安心できたお礼として、そのくらいしてあげよう。
でも、相手が、もし、リカ本人だったら?
きっと、ワタシは、リカのことを罵倒してしまうだろう。
ワタシを、裏切ったことが許せなくて。
ワタシに秘密で旦那とスワッピング三昧をしていたなんて。
リカがスワッピングで何十人もの男にやらせていたアソコをワタシは何も知らずに舐めていたのだ。
……でも、はたして、ワタシにリカを責める権利があるのだろうか?
彼女の舐めてくれるワタシの体だって、マサの用意した何人もの男に触らせていたのだから、秘密にしていたのは、お互いさまではないのか。
もし、リカだったらどうするか、という問題に、結論が出ないまま、スワッピングの実行の日がやってきた。
ワタシは、緊張のあまり蒼白になりながら、マサとふたりで、待ち合わせのシティホテルの1階のレストランに並んで座っていた。
マサは、ワタシが黙っている様子を見て、スワッピングを実行することの緊張と誤解した。まあ、当然だ。
マサはしきりに、会ってみて相手が嫌なら、食事だけで帰ろうと繰り返した。
約束の時間になり、遠くから近づいてくるエンポリオ・アルマーニらしきスーツにエルメスの旅行かばんを持った美中年に連れられたとびきり美しい女性の姿を見たとたん、持っていたグラスを落としそうになった。
悪い予感は当たっていた。
リカ。
「○○さんですか」
美中年は、ワタシたちのテーブルへまっすぐに近寄り、京都訛りの低音で声をかけてきた。
マサは、リカの美貌が半端じゃないので、しばらく絶句して、ぽかんと見とれた。そして、
「……はい。お待ちしていました。奥様、お疲れでしょう」
などと、恥ずかしくなるような緊張した調子はずれの声で、椅子を勧める。
……あああ、リカ、何であなたなの……
ワタシは、誰の顔も見ることができなかった。
リカの夫は
「はじめまして□□リョウです」
と華道の家元の苗字を名乗った。
リカとこの人との結婚は、たしか、マスコミにも載った。同じころワタシも結婚し、リカとは疎遠になっていたので、お互いに、結婚式にも呼ばなかったので、リョウとは、面識がなかった。
リョウは、まっすぐに、ワタシを見つめ、
「お美しいですね」
と言った。
だが、ワタシは、リカが目の前にいる現実をどう理解したらいいのかまったくわからず、完全にうわの空だった。
ワタシが、いつまでも無言でいるので、マサが、口を挟んだ。
「奥様こそ美しい方ですね。こんなすごい美人にお目にかかったのは、私、ほんと、初めてです。えーと、ぼくはマサです。ええと、妻の名前はですね……」
と夫が、ワタシの名前を教えていいものか、言いよどんだところに、リョウが助け舟を出した。
「マサさん。お名前はいいじゃないですか。花の名前でどうですか。イブピアッチェというバラに奥様の雰囲気が似ておいでなので、イブさんでどうでしょう。そして、私の妻は、リリーということで。妻の好きな花が百合なのです」
「そうですね。とにかく、食事をしましょう」
男たちふたりとリカは、京都の夏祭りの話など、無難な話題で、なごやかに食事を始めた。
ワタシは食事どころではない。
心の中は嵐だった。
……リカ、なんであなたなのよ……
リカは、ワタシの気持ちなどお構いなしに、何事もない表情で、ワタシの夫やワタシに笑顔さえ振り向けて、自然に談笑している。
……リカ、あなたって、何なの。ワタシたち、子供のころから、永遠の愛を誓った者同士じゃなかったの。それが、スワッピングなんて……
ワタシは、リカに裏切られた気がして、悔しいやら、悲しいやらで、どうしていいのかわからず、ただ、黙って座っていることしかできなかった。
食事が終わり、リョウが食事中のワタシのおかしな様子をいぶかしがり、
「イブさんは、少しお疲れのようですね。今日はお食事をご一緒できただけで、十分です。ゆっくりするのは、またの機会にいたしませんか」
と、言いだした。
夫は、ワインの酔いのせいか、リカとセックスできなくなるのが残念なのか、口が軽くなりぺらぺらとしゃべりだした。
「すみません。ぼくたち、初めてなものですから。妻も昨日まではそのつもりでしたのが、今日になって不安になってしまったようで……」
夫の言葉を遮って、リカが、突然、口を挟んだ。
「イブさんのお気持ちは、女として、よくわかりますわ。無理をなさってはだめよ。楽しむなら、ご主人のためじゃなくて、自分のために楽しまなくちゃ。私は自分で楽しむために来たのよ。イブさんも同じ気持ちなら嬉しいのですけど」
何が、ワタシにそうさせたのかはわからないが、リカのその言葉を聞いたとたんに、ワタシは宣言していた。その夜発した初めての言葉だった。
「いいえ、ワタシ。疲れてなんかいません。お腹がすいていなかっただけです。ね。お部屋に行きましょう」
三人とも、ワタシに注目して黙ってしまった。
マサのあっけに取られた顔。リョウも、驚いた様子でワタシを見つめた。リカひとりが、謎の笑顔で、マサの腕を取り、エレベーターに向かい歩き始めた。
予約してあったのは、キングサイズベッドルームだった。中世ゴシック様式の巨大な木製ベッドが1つ部屋の真ん中に備えられていた。
部屋に入るなり、リカは、
「汗をかいちゃったの。シャワーさせてね。マサさん、背中を流してくださらない?」
などと言いながら、マサの手を引っ張って、バスルームに消えてしまった。
……この先の、成り行きは、どうなるのか?
ワタシとリカの関係を、夫たちに明らかにすべきなのか?
少なくとも、リカが会ったとたんに『あら、エミじゃないの』と言ってこなかったのは、リカなりに考えがあってのことだろう。
リョウと二人ベッドルームに残されたが、彼は完璧な紳士だった。
ワタシにワインを勧め、指一本触れようとはしなかった。
口を開いたのはワタシからだった。
「あなたのことリョウって呼んでもいい?」
「もちろん」
リョウの声はあくまでもクールだった。
「奥さんと、50組もスワッピングをしたって本当?」
リョウは、急に打ち解けだしたワタシを不思議そうな目で見た。
「本当ですよ」
「奥さん、ええとリリーは、嫌がらなかったの?」
「なぜ?リリーも、ぼくと同様の意見を持っていますから。つまり、信頼できる良いご夫婦との交際は最高に洗練された趣味、という意見です」
「でも、セックスをゴルフなんかの趣味とは一緒にはできないでしょ」
「もちろん、球技なんかとは比べ物になりませんよ。スワッピングは、もてなしの心を基本にしながら思惑が交差する点など、お茶席に似ていたりしますが、全人格が問われますし、奥が深いものだと思います」
「難しいことをおっしゃって。素直じゃないのね」
「イブさんが欲しいと素直に申し上げる勇気など、とても無いものですから」
リュウは、自分のグラスにもワインを注ぎ、ワタシのグラスに軽く当てて乾杯した。
ワタシは、リョウの美貌に感心しながら、『この魅力的な美中年がリカの夫でなかったら、スワッピングという関係でも、ワタシは喜んで抱かれたかもしれない』と、静かに広がっていく酔いの中で考え始めていた。
ワタシは少々挑むような口調で詰問してみた。
「どんな人かも分からないのに、セックスしちゃうなんて、洗練されているとは思えないけど」
「あなたは、ご主人のマサさんの全てがお分かりですか」
「詭弁だわ。それに、リリーさんも、初対面のマサと一緒にお風呂なんて、彼の何が分かっているのかしら」
「彼女も、人を見る目はありますよ」
そのとき、バスルームから、リカの感じているときの ああ という声が漏れてきた。
「はじまったようです」
そう言って、リョウはバスルームの扉を細くあけて中を覗いた。
ワタシも、彼に従って中を覗いてみて、息を呑んでしまった。
バスタブの中にマサが体を沈め、リカがその上に馬乗りになって、女性上位でつながっていた。
リカは覗いているワタシたちを見て、なおいっそう激しくマサに腰を打ちつけながら、ワタシの目をまっすぐに見詰めた。
「嘘」
自然に涙が溢れてきた。
それ以上見ていられず、部屋のベッドにうつぶせて泣きだしてしまった。